※ネタバレあり『ミッドサマー』が別れたほうが良いカップルにお勧めな理由は、あのシーンがあるせいだけじゃないよ

ミッドサマーMidsommar/監督:アリ・アスター/2019年/アメリカ


ダニーとクリスチャンの関係について


東京国際映画祭と、先行上映にて鑑賞。公開は2020年2月21日。
感想とネタバレ考察はこちら。

さて。先行上映のとき、『ミッドサマー』についてアリ・アスター監督が「別れたほうがいいカップルに薦めて」と言っていた。
「固い絆で結ばれているカップルが観れば、なんの問題もないと思います。ただこの映画は、自分が恋人と別れたときに体験した葛藤から生まれた作品でもあります。もし自分たち2人は一緒にいるべきではないのかも?と考えるカップルがいるなら、『この映画を観て別れた』というレガシーを残してほしい」

私はこの、監督の発言を聞いて、自分が思っていたことに対して確信が持てた。「固い絆で結ばれているカップルが観れば、なんの問題もない」これは本当にそうだ。この映画の主人公であるダニー(フローレンス・ピュー)と、彼女の恋人であるクリスチャン(ジャック・レイナー)が絆で結ばれていたのなら、あんな悲惨な結末にはならなかったであろう。結末だけでなく、彼女らの関係性は最初からもっと穏やかなものになっていただろう。そして、それでは映画としてうまく進まないだろうということも。

※以下ネタバレを含みます。
みんな同じこと考えてるかもだけど、記録しておくことが大事だと思って。
ダニーは両親と妹を最悪な形で亡くし、もう頼れるのはクリスチャンしかいない。彼女の、クリスチャンへの依存度は高く、時間やタイミングを問わず電話していることが伺える。そんなダニーに対しクリスチャンは優しく接しているかのように見えるのだが、しかし彼は「1年前からダニーと別れたいと思っている」ともこぼしている。友人たちはそんなクリスチャンの気持ちをわかっており、クリスチャン寄りの意見を出してくる。要するに別れてしまえということである。

また、クリスチャンがダニーに対してぎりぎりまでスウェーデン行きを伝えなかったことも、些細ではあるがダニーを深く傷つけ混乱させるには充分な出来事である。これではただダニーが気の毒なようにも思える。が、クリスチャンも、精神が不安定な彼女を独りにすることが出来ず、とはいえ要求を全部飲んでいたら本当にしんどくなるからもう無理、となる直前の状態にあるように思う。クリスチャンもまた悩んでいるのだ。

スウェーデン行きを自分に話していなかったことについて、ダニーはクリスチャンを問い詰める。その詰め方は一言で言うと大変めんどうくさい。座って話しましょ、怒ってないのよ、帰らないで、話したいだけなの、いいのよスウェーデン行ってもいいのでも事前に話してほしかった。だから今話しあいましょう、みたいなことを延々言っている。クリスチャンを手元に置いておき、詰めることで相手をコントロールしようとしているのかなとすら思う、話し合いたいのではないんじゃないか。とにかく自分の感情(意見ではない)をぶつけたいだけなのだ。

このように、ダニーとクリスチャンには、決定的なすれ違いがある。愛と依存を混同しているダニーと、そんなダニーに嫌気がさし友達に愚痴るものの、うわっつらだけはダニーに親切にするクリスチャン。ダニーとの関係以外でも、クリスチャンはクズ野郎なところをみせてくる。友達の論文のテーマを横取りしようとするシーンからは、クリスチャンがずる賢く自分のことだけを考えている人間だということがわかる。ダニーとクリスチャンは少し似ていて、ふたりとも自分のことだけを考え行動している。ダニーは精神疾患があり、さらに近親者の死によって精神的に追い込まれているがゆえだが、クリスチャンは元から自己中心的な性格の人物なのではないだろうか。

ダニーは、勧められた幻覚キノコを最初食べようとしない。これをわがままとするのは酷だが、周囲の友人らにしてみたら「なんで一緒に食べないんだ、一緒じゃないと違うトリップになるじゃないか」という、いらだちの原因となってしまう。一方でクリスチャンはダニーの誕生日を忘れ、慌てて取り繕う。

とはいえ、かつては彼らにも穏やかに相手を思いやり愛を育んだ日々があっただろう。そう思いたい。

だから、ダニーが最終的にクリスチャンを見放すことは、「(強制的とはいえ)他の女とセックスをしたから」というだけの理由ではない。『ミッドサマー』を「女から男への復讐の物語」だとするのなら、「自分をずっと裏切り続け、ぞんざいに扱ってきた男」への復讐ということだろう。繰り返しになるが、ダニーとクリスチャンの間に愛情はすでになく、それを表すかのように、劇中にはふたりのキスシーンはない(ただ、ディレクターズカット版にはキスシーンがあるらしい、未見である)。

ダニーはコミュニティに取り込まれる。それは彼女が願っていたことであろう。家族を失い、一緒にスウェーデンへ来たクリスチャンの友達もみな死んでしまう。恋人が自分を疎ましいと思っていることも薄々感じていただろう。そんな、居場所のなかった彼女が、ついに自分の「居場所」、ある意味では「家族」を見つけるというラストには、清々しいものを感じる。恋人から見放されそうだった彼女が、自分を大切に(少なくとも今は)扱ってくれる人たちのところへ組み込まれていくことを、否定できる人はいないのではないか。ダニーの気持ちに寄り添って見れば。コミュニティは世間一般の考え方からしてみれば異常だ。異常であっても、自分を受け入れてくれる土壌があるというのは、有り難いことだ。ダニーはこれまでの経験によって、「強さ」を手に入れたのかもしれない。コミュニティの中で女王として君臨する。孤独と戦い、自分の足で立つ。

アリ・アスター監督は、冒頭に引用したように「自分が恋人と別れたときに体験した葛藤から生まれた作品」と言っている。つらい経験をこのような映画に落とし込むには、自分と相手のどこが悪かったのかを見つめ直す必要があるように思う。それは非常にしんどい作業だったろう。なぜ彼がパートナーと別れるに至ったのかは知る由もないし、ふたりの出来事がどれくらい映画に反映されているのかもわからないが、エンターテインメントとして完成させられる手腕と、ある意味で冷静な眼差しを感じる。たいへん誠実な監督なのではないだろうかと思うのだ。

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