ルーム/君がいた世界

ルーム

ルームRoom/監督:レニー・アブラハムソン/2015年/アイルランド・カナダ


奪われた社会性と、存在しなかった社会


TOHOシネマズ日劇、J-18で鑑賞。

ルーム

あらすじ:閉じ込められた部屋から逃げます。

7年間、納屋に閉じ込められていたジョイ(ブリー・ラーソン)と、5歳の息子ジャック(ジェイコブ・トレンブレイ)。ある日、ジョイは納屋をぬけ出す方法を見つける。

※少しネタバレしています。
特に注意書きはしていません。


おすすめ
ポイント
部屋を出てからが本番です。
子供の、ある種の無邪気さから見え隠れする「社会との関わり」についての物語で、社会については、とくに母親はつらい思いをしている。やっとの思いで逃げだした彼女を待っていたものは、好奇の目と実の父親からの拒絶、そして「変わっていた時代に、ついていけていない」こと、「失われた7年間を埋められるものはなにか」という問いだったと思う。

彼女は息子のことを「普通」だと言う。普通に育てた、普通のこどもだ。普通に遊ばせたいから、スマホは触らせないで欲しい。彼女にとっての「普通」はなんだろう?17歳で止まってしまった社会との関わりが再び動き出した時。「誘拐されるまでは普通だと思っていたこと」「自分の子供時代には普通だったこと」を貫き通そう、悪い言い方をすれば子供に押し付けようとしているのではないか。
友人の写真を見ながら「彼女らには何も起きなかった」と言う母親は、「普通」と「普通じゃない」こととの間で揺れ動いている。自分は明らかに「普通じゃない」ともわかっているけれど。

ジョイの父親であるウィリアム・H・メイシーは、ジャックの存在を受け入れない。父親からしてみたら仕方のないことかもしれない。愛する娘と、憎い男との間に生まれた子供だ。メイシーの視線の揺らぎに、戸惑いの色が濃く見える。そして彼は二度と姿を表さない。この先、いつまでも彼が思い悩むことは想像に難くない。ましてや、普段は遠くに住んでいるのだ。子供らと接しながら徐々に気持ちが変わる、ということもないのである。この事件の被害者は、母親と子供だけではないということがよくわかる。

インタビュアーは言う。「本当にそれがベストの方法だったの?」と。まったくもってデリカシーと想像力に欠けた質問だ。ある種、後知恵バイアスがかかっているとも言えるだろう。「子供がこういうふうに育つことはわかっていただろう(今のわたしには、わかるんだから)」という。
このようなことを言う人は少なくない。「逃げられたはず」「犯人に頼めたはず」なんて言うのは簡単だ。だって、その経験をしていないんだから。だって、最終的には逃げられたんだから。死ななかったんだから。これは本当に見苦しいシーンで、そして、母親を深く傷つけた。

息子が大きくなったら、父親のことを話す?」これもデリカシーに欠ける。しかし母親は思いもよらない返答をする。これにはわたしも驚いた。が、考えてみれば不思議なことではない。母親は監禁されつつ子供を育てたことを「後悔はしていない」が「認めてはいない」のだ。狭い狭い「部屋」の中で起き、描かれなかったさまざまなひどい仕打ちを認めていない。受け入れていないとも言えるかも。受け入れられるわけがない、と思う。そこまで人間、強くないし。

彼女が負った傷の深さについては必要最小限の描写だったようにも思う。そのぶん、ジャックがだんだんと「外の世界」に慣れていき、最初は受け答えもままならなかった他者との関係もうまく築いていけるようになっている。子供は「プラスティックのように柔軟」だ。大人は、そうもいかない。ジャックが「世界」に馴染んでいけばいくほど、母親は「世界」と自分との間にできてしまった歪みを修正できなくなっていく。

世界とはなにか。どこまで手が届き、どこからは手が届かないのか。母親と息子にとって、閉じ込められていた日々は、狭い「世界」のすべてに手が届いていた。部屋を抜けだしたジャックは言う。「僕はもう世界を知っているんだ」と。

君が思っているよりも、もっともっと世界は広いし、君が思っているよりも、もっともっと世界は冷酷だろう。特に君の、一風変わった出自については、そのことに気づくには、もうちょっとだけ時間が必要だろうね。願わくば、その冷酷さに絶望せぬよう。世界にさよならを言えた君なら、きっとだいじょうぶだと思うけれど。

少年の成長物語として見れば、ジャックの経験は特殊であるものの、普遍的でもある。子供の頃、世界はとても狭かった。と同時に、とても広かった。自分が知っているものが、世界の全てであるという点において、ジャックとわたしたちは、実はさほど違いがない。親元を離れて社会に出て行く、と考えれば。保育園や幼稚園だっていい。人によっては小学校からかもしれない。いままで母親と父親に守られていた狭い狭い場所から、自分たち以外にも人がいると知る経験は、すっかり忘れているかもしれないが、たぶん、みんな通った道なんだと思う。

最後に、わたしの話をする。

わたしは幼稚園が嫌いで、ずっと母親のそばでラジオを聞きながら、レゴで遊んでいる子供だった。毎日幼稚園から「あしたは来られるかな?」と手紙が届いていた。行く気はなかった。わたしと母親だけの時間はとても長く、そして、いまではその断片しか覚えていない。
小学校に入った時、自分には友達がまったくいないことに気づいた。だいたい幼稚園からそのまま同じ学区内の小学校へ行くのだから、当然のことでもある。誰とどう話していいかわからない、「このコは照れ屋だものね」で許されていた日々はもう過ぎてしまった。

小学1年生のとき。何かの理由で上履きを履かずに歩いていたら、廊下に落ちていた画鋲を踏み抜いた。誰にも言えず、歩くたびにカチカチと音をさせていたことをよく覚えている。椅子に座って少し血のシミが出来た靴下から画鋲を引き抜いた時、隣りにいた女の子は驚いた顔をしていた。わたしは、何も言わなかったし、何も言えなかった。画鋲は痛かったが、それよりも他人の方が怖かったのだ。人と話すくらいなら、痛い方を選んだ。そういう子供だった。

わたしに社会性が身についたのは、20歳を超えてからかもしれない。だからといって、このような子供時代を過ごしたことについて、母親に責任を負わせる気など、さらさらない。当然だ。わたしは子供ながらに「選択して」社会との関わりを断っていたのだから。

photo
ルーム [Blu-ray]
Happinet(SB)(D) 2016-09-16

by G-Tools , 2016/06/21

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