フォックスキャッチャーFoxcatcher/監督:ベネット・ミラー/2014年/アメリカ
そういう生き方しか、知らなかった。
角川シネマ有楽町、H8で鑑賞。F列くらいでも良かったです。
あらすじ:富豪にスカウトされたら大変でした。
レスリングの金メダリスト、マーク(チャニング・テイタム)は、財閥の御曹司、ジョン・デュポン(スティーヴ・カレル)から「うちへ…来ないか…」と誘われ、あっはい、って答えたら「お前の…兄も…欲しい…」と更に言われ、兄デイヴ(マーク・ラファロ)を説得しに行ったところ「俺は別にいいや」って言われました。
※ネタバレはありません。ない…んじゃないかな…。
人物像について書いているので、それがネタバレだと言われれば、それまでです。
- おすすめ
ポイント - よくぞこの役にスティーブ・カレルを起用したなと思いました。最初本当に誰だかわからなかったです。ラストつらかった…。暗いです。おすすめです。
抑えられた音と色調の中で淡々と進む物語に、動きの激しいレスリングのシーンが挟まって、全体的な強弱のバランスがうまく調節されているなと思いました。
油断しているとスティーブ・カレルがブチ切れたり夜中にヌッと現れたりして、うわっ、びっくりさせないでよ…。ホラーか。
スティーブ・カレルが少し笑うときとか、上唇の真ん中あたりがめくれるんですね。この人もともとこういう笑い方はしないと思うので、演技でやってるんですよね。すっごい怖いんですよこの顔が。ものすごい怖い。
で、なんか馬のフレーメン反応みたいだな…と思って。馬…。お母さん(ヴァネッサ・レッドグレイヴ)の馬、と持っていくのはあまりにもこじつけが過ぎるか。
この映画、みんなあんまり話さないんですよね。とくにチャニング・テイタムは、せりふが極端に少ない。内側に内側に溜めていく。そして、そのストレスは自傷行為になって表れる。
彼は頭を打ち付けたり叩いたりする、理性的になれと自分を落ち着かせるためとしても、ヤケクソだったとしても、どちらにせよ自傷行為のうちであることに変わりはないと思うんだよね。
それでも、スティーブ・カレルとうまく行っていたころは、良かったんです。
お金のために彼のそばにいるんだ、ていう打算的な部分も感じられなかった。主従関係はあるにせよ、パートナーとしてある程度うまく関係を保てているように見えるんですね。ふたりで自分の過去について打ち明けるシーンなどは、主従関係を超えた友情も感じる。
実際のところ、スティーブ・カレルは子供の頃に親にされたように『友達を金で雇っている』のと同じなんだけれども、彼はそのことに気づいていないか、気づいていても目を逸らしている。
「俺」は「俺」を、母と同じようなやり方で扱わない。母が憎い、でも、認めて欲しい。
状況が一変するのは、マーク・ラファロが来てからで、思い返してみると、お兄さん来てからテイタムはカレルとまともに話すシーンがない?
お兄さんは最初にテイタムが説得しに行った時『俺は行かないよー』って言ってたのに、カレルが呼びに行ったらニッコニコしながらついて来ちゃって、テイタムむっかー、ですよ。なにそれもう、なにそれ。何があったんだよ。お前のことだから納得済みで来たんだろ、理由教えろよ、知りたくないけど、みたいな。
俺が守ったものはなんだったんだよ。お前が嫌だって言ったから、お前の意思を尊重していたのに。なんだよ、あっさり馴染みやがって。
試合のシーンについてひとつ。テイタムに闘志が感じられない、やってやるぜ、っていうギラつきみたいなのが、あまりないように思えるのね。わたしは「ロッキー」が好きだから例えに出しますけれど、ロッキーはさ、戦う理由が自分の中にきっちりあるから、闘志剥き出しになっているんだよね。
テイタムは、お兄さんが来るまでは良かったけれど、お兄さんが来てから心が完全にぐらついちゃって、カレルにムカついてるのにカレルのために勝たなきゃならない。
カレルはカレルで、そこまでラファロ欲しいか? っていうの、思うんです。執着心がちょっとおかしい。
もしかして、『自分の所有物』であるテイタムが、かたくなにお兄さんを守ろうとするものだから、意地になっていたのでは…。テイタムを支配する最後の砦がラファロだったのでは…。
前述のとおり、テイタムとカレルはあんまりべらべら話さない演出がされているのだけれど、ラファロだけわりと話す方なのね。どうにかしてテイタムとカレルの仲を取り持ちつつ、コーチ業もこなして、テイタムを勝たせたい。でも、カレルのことは(だんだん)信用できなくなった。インタビューシーンでの、目がちらつくラファロの演技ねー。ラファロ嘘つけないんだなあ。
最終的にあのシーンばっさり切ってあるあたり、カメラマンはカレルのことがよくわかっていると思います。あ、それで、ラファロのそういう態度もカレルは気に入らなかったんだろうなあと、セリフとしてハッキリ言っているしね。ラファロとテイタムの血のつながりから来る絆に自分は入り込めなかった。
他人との接し方がわからない、母のことはもっとわからない。みんなと馬鹿騒ぎするのは、自分が持ち上げられているときだけしか許さない。普段気軽に声をかけられるのは許さない。お前らは俺の所有物だからな。
ラストカットは涙が出ましたね。すっごいつらかった。そのあとのテロップは、なくても良かった、つらいままで終わるのでも良かった。あったおかげで、ちょっとホッとしたけれど…。というわけで、おすすめです!